ウィリアム・バイナム/ヘレン・バイナム『Medicine-医学を変えた70の発見』(医学書院 2012年)

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『Medicine-医学を変えた70の発見』 (医学書院 2012年)
ウィリアム・バイナム/ヘレン・バイナム【編】鈴木 晃仁/鈴木 実佳【訳】
価格 ¥4,320(本体¥4,000)

 

書籍紹介 /高林 陽展(立教大学准教授)

 「医学を変えた70の発見」といわれると、さまざまな病を克服した偉大な医学の歴史という話がみえてくるかもしれない。それはけっして間違っていない。この本は、ヒトが歴史を通じて病とむきあい、その解決法を探し求めた、英智の歴史を語っている。いわば、ヒトの成功物語の一種である。しかし一方では、そんな成功物語におわらない、豊かな歴史のあり方をみせてくれてもいる。

 編者のウィリアム・バイナム氏は、もともとは医学を学びながらも、その歴史へと思いをはせ、そこから「医学とはなにか」「ヒトとはなにか」を問いつづけてきた歴史家である。英国・ロンドンにかつて存在したウェルカム医学史研究所の所長を長らくつとめ、医学史研究という分野の発展をみちびいた、医学史の世界的な権威である。ロンドンのウェルカム医学史図書館を訪れれば、いまもなお、歴史史料のページを一枚一枚めくっているバイナム氏をみかけることがある。医学史の生きる字引、それがバイナム氏である。

 それゆえに、この本の構成は単なる成功物語とはならない。第1章「身体の発見」と第2章「健康と病」は、医学という英智をみるまえに、ヒトがカラダというものをどのようにとらえてきたのかを示している。病んだカラダを考えるとき、そこではかならず健康なカラダが表裏一体となっている。そして、病気と健康の境界線は、時代、地域や文化によって異なる。かつて、ヒトのカラダは、一つの「全体」をなすものと考えられていた。下腹部が痛いと感じたとき、わたしたちは、胃や腸の問題ではないかと考えるだろう。西洋の古代医学では、そうは考えなかった(東アジアの医学でもまた)。カラダを流れる四つの体液(血液・粘液・黒胆汁・黄胆汁)のバランスが乱れていると解釈したのである。一方、健康な状態はその逆、体液のバランスが整っていることを指す。この身体をめぐる考え方は長い歴史を通じて徐々に変化していったのである。「70の発見」は、そのような歴史のひとつひとつの局面となる。

 第3章以下はそのような歴史、ヒトがどのようにやまいにむきあい、どのような技術や薬品を生み出してきたかを語ってくれる。第3章「商売道具」ではヒトが生み出してきた医療器具の歴史、第5章「苦あれば薬あり」では、ヒトが経験的に、そして実験を通じて作り出した薬品の歴史が語られる。それでも、過去の治療というものは苦難の歴史である。第4章「疾病との闘い」では、ヒトを悩ませつづけてきたウィルスとの一筋縄ではいかない闘いの軌跡が、第6章「外科の飛躍的発展」では、その栄光だけではなくヒトのカラダを切り裂くことの難しさがみえてくるだろう。このような長い歴史あっての、第7章「医学の勝利」なのである。ただし、ここでは括弧つきの「勝利」である。「勝利してよかった」「現代に生まれてよかった」ではけっしてない。そこには、「勝利」の時代なりの苦難もまた存在している。それは、わたしたちが目にする現代の医学論・医療論に如実に表されている。

 

 この本は、医学に興味のある方だけにむけて書かれたものではない。もちろん、医師、看護師、医療従事者の方々には、「なるほど、そのような経緯があったのか」「いまある技術や薬品にはそのような意味があったのか」という想いを抱かせる項目も多いだろう。最大の受益者は、医療従事者だと言うことには間違いはない。他方で、自分のカラダや周りのひとのカラダ、その健康と病気にむきあうのは「すべてのひとたち」である。訳者の鈴木晃仁はかつてこう語っていた。この本は病院や診療所の待合室においてほしい、と。それは、すべてのひとに意味あるものだからなのである。

 

 

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