『ダウン症の歴史』パーティーで思ったこと /大谷 誠(同志社大学)

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 2015年の10月、『ダウン症の歴史』出版記念パーティーが、著者のデイヴィッド・ライト先生をお迎えして、モハウ・ペコ駐日南アフリカ共和国大使の公邸にて開催されました。ダウン症のある方々と彼らの親の方々、ダウン症のある人々への支援者の方々、さらにダウン症のある人々への支援に関心がある方々など、数多くの方々がパーティーに参加されました。立食パーティーが開かれた一方で、ライト先生による心のこもったご挨拶、ダウン症のある方々による素晴らしい演奏会など、いくつかのイベントが行われ、パーティーは大盛り上がりでした。

 

 私も『ダウン症の歴史』の翻訳者としてパーティーに出席し、会場で数多くのダウン症のある方々や彼らの親の方々とお話しする機会を持つことができました。私の亡き母親が知的障がいのある児童のための学校、すなわち特別支援学校(母親が勤めていた当時は養護学校と呼ばれていました)にて教員を長きに渡って勤めていましたので、このパーティーでの経験は、昔のことを思い出させてくれました。私が幼かった頃、母は私を知的障がいのある生徒さんの家によく連れて行ってくれました。私は、その都度、知的障がいのある子どもたちと遊び、歓談を楽しみました。また、彼らのお母様たちが子どもたちの将来への不安を私の母に話されていたことを耳にしました。このような記憶が、パーティーにてダウン症のある方々や彼らの親の方々とお話しすることで鮮明に甦ってきたのです。

 

 そして、パーティーでの経験は、私の研究に新たな視点を生み出しました。医師など、医療従事者によって記述され、報告された史料では知ることのできない、医学・福祉の受け手である知的障がいのある方々と彼らの親の方々の「生の声」を、知的障がいのある人々の親の会の歴史を調べることで見出すことができるのではないかと思ったからです。歴史の中の知的障がいのある人々の声を調べることはとても難しいです。実際、他人とのコミュニケーションをとることが困難な者が彼らの中に数多く含まれており、彼らが自らの日記を残すこともほとんどありません。その一方、彼らの親たちは、知的障がいのある子どもたちの代弁者となって、子どもたちにとっての良き医学・福祉を求めてきました。親の会は、これら親たちの集合体であり、そこには様々な親たちの声が集約されています。また今日、医療従事者は、知的障がいのある人々への対処法を考えるうえで親たちの声を無視することはできません。私は、パーティーに出席したことで、日本とイギリスにおける親の会の歴史について調べてみようと思い立ちました。

 日本では、日本ダウン症協会の会員様から、会成立の経緯、会が過去から現在に至るまで国・社会に対して求めてきた事柄、医学発展への会としての見解など、様々なお話をお聞きすることができました。また、イギリスでは、知的障がいのある子どもたちの親の会として1946年に誕生したメンキャップの歴史について、機関誌等を収集することで明らかにしようと努めています。この成果について、まずは国内外の研究会・学会等で報告し、将来的には活字にする予定です。

 

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デイヴィッド・ライト著 大谷 誠 訳『ダウン症の歴史』  書籍紹介/大谷 誠(同志社大学)

 

 

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