精神疾患とアート その1 芦川朋子さんのインタビュー<後編>

聞き手 /鈴木 晃仁 (慶應義塾大学)

 

 

■飯山由貴との出会いとその作品の意味


 

 毛利悠子の展示とともに、芦川は、日本のアートシーンの中で、革新的な役割の中心を担うようになった。その中で、数多くの作家と関係を持つが、芦川が次に発見したのが、当時東京芸術大学の大学院生であった飯山由貴である。飯山が東京芸大の大学院を修了する展覧会のとき、飯山自身は油絵の学生であったにもかかわらず、タペストリー、映像、オブジェ、インスタレーション、スクラップ・ブックなどを用いた作品を展示した。特に芦川を驚かせたのはスクラップ・ブックを用いた作品であった。これは、アーティスト自身が過去に作ったスクラップ・ブックでもなく、著名な人物のスクラップ・ブックでもなく、無名な他人が作った個人的なスクラップ・ブックであった。これを出発点にしてアート作品を作ることは芦川にとって大きな衝撃で、「これはどういうことだ」と思った。それから、飯山が別のギャラリー「実家 JIKKA」で2013年に行った個展にも大きなインパクトを受けて、WAITINGROOM で展示を行うことを提案した。

 

 飯山の作品に感じた衝撃を、芦川は芸術家の杉本博司の言葉に重ねて表現した。現代アートとは、視覚的にも力があるだけでなく、思想・哲学的に重層的なものでなければならない。現代アートは、社会の現在と過去にアクセスする手段の一つであるという考えである。現代でも歴史の中でも、そこにはパブリックな歴史と個人史の双方が組み込まれている。飯山の作品には、古いスクラップ・ブックの個人史を出発点にして、現代と過去が往復されている。これは、現代アートで「古いもの」が使われている一般的な形式や主題と異なっている。古いものを使った現代アートはもちろん存在する。しかし、それらのものは、ノスタルジックなものや、趣味的なものになりやすいという。飯山の作品には、これを打破できる「何か」があり、その上で作家として注目を維持できる「何か」があったという。ノスタルジックで趣味的な仕方で古いものを使う作家はだれかという鈴木の問いに対して、芦川の口からは、誰それという名前が即座に出てきたわけではなく、そのような作家を頭の中で探すという感じがあり、しばらくして名前を出した作家についても、飯山と言葉を交わしたあとで、取り消すような気配で、やはり誰かは即座にはわからないという態度であった。

 

■飯山と WAITINGROOM (2014)


 

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『ムーミン一家になって海の観音さまに会いにいく』2014、スライド写真

©Yuki IIYAMA, courtesy of WAITINGROOM

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 芦川と飯山は WAITINGROOM での展覧会に向けて準備に入る。飯山は別の展示スペースである art & river bank での発表に向けていた作品を発展させて、2014年の9月にWAITINGROOM で開催される、『あなたの本当の家を探しにいく / ムーミン一家になって海の観音さまに会いにいく』のための制作に入っていく。

 飯山の「実家 JIKKA」での個展のあとに、どのように展覧会を作り上げたかという過程は、飯山自身が新しい作風を積極的に開拓したありさまが伺える。芦川と飯山が打合せをするときに、飯山が案を持ってきて、こういう案はどうだろう?という話になった。飯山の妹の統合失調症をテーマにした作品は、飯山の中でも新しい挑戦であり、これまでは他人のスクラップをベースにしていた飯山にとって、自分の家族を主題にするというこれまでやったことがない作風であった。せっかくやるのなら、新しい挑戦をしたい、妹の幻想、ムーミンのおうち、それを家族で実現したい。それは映像作品なのか、どういう形態の作品に仕上がるのかなど、飯山と芦川の間で決まっていった。

 

 これまで、直接の主題としたことはなかったが、作品の背景に存在した妹の病気を、作品で正面から取り上げたいと言う飯山の提案に対して、芦川はポジティヴに反応した。このような、難しいタイプの作品であり、ギャラリーとしては挑戦的な作品を、積極的に取り上げようというのが方針だからである。これは、高度に個人的な内容を扱っており、しかも家族の精神病というさらに個人的なものになっていた。

 

 ギャラリーとしては、これは「売りにくい」作品であった。「売りにくい」というのは難しい概念であるが、大根を売ることと美術作品を売ることは違い、美術作品は言葉の通常の意味で消費されるものではなく、購買した人の生活に広がりをつくること、どこか別の場所に行くということである。そして、この別の場所への訪問が、アーティストと購買者のいずれの生活にも広がりをつくる。

 

■家族の精神疾患という主題


 

 飯山の作品の主題は、自分の妹の病気という個人的なものだけれども、「私の家族が大変なのよ」というような口調になっていない。うまくバランスが取れており、歴史的な部分、個人史的な部分が調和している。そのため、作者の家族の話だけれども、見る人の家族に接続しやすい一種の普遍性をもっている。鑑賞者としては、自分の家族が精神病でなかったとしても、別の問題を抱えていることが多く、そのような主題にアプローチする語り口になっている。家族の精神病に対して、飯山がとっている態度が中立的であり、客観と主観の双方が表現されていると言える。展覧会の冒頭部で使われた、鈴木による説明と小峰病院関連の展示は客観的な展示であり、家族の精神疾患を主題にした一番奥のムーミンの映像は、主観的な部分であった。展示の構成として、どんどん内側に入っていくという流れになっていた。その流れに乗って、観客も自分の内側に入っていくという解釈を、芦川と飯山は作り上げた。そのため、長時間にわたって滞在する客、美術業界の用語では「滞留する」客が多く、そこから展示を見直すと、後から発見された側面もあった。

 

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個展『あなたの本当の家を探しにいく / ムーミン一家になって海の観音さまに会いにいく』

展覧会風景、2014年、会場:WAITINGROOM(東京)、撮影:加藤健

©Yuki IIYAMA, courtesy of WAITINGROOM

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 客の反応としては、実際自分も統合失調症だったとか自閉症だったというようなカミングアウトがあった。また、自分の問題としてだけでなく、誰にとっても遠い問題ではないということが発見された。たとえば、そのような経験をした友人が多くいたというような対応である。家族の精神疾患は、悲劇的なことだと思われがちだけれども、それを考えるきっかけになった。

 客の中には、「主題」にひきつけられて、主題をめがけてギャラリーを訪れる人が多くいた。そういう人たちの反応は、アートを見慣れている人たちとは違う。精神病をこういう風に扱うのかという驚きがあり、まったく彼らが考えていなかったかたちで、精神病が表現される世界であった。これは踏み絵のようなものであり、アーティストやアート作品の役割について深く考察する機会を与えた。精神疾患という主題を、他の分野ではできない方法論で表現すること。これはアート作品として成功していることである。客たちは、客観視する視点と主観的な視点の融合している状況におどろき、無声映画や妹のメモ書き、ムーミンの演劇をやっているということなどにも、驚いた。

 

■飯山とアートフェア東京(2015)


 

 芦川と飯山は2015年のアートフェア東京で展示を行った。この企画は、日本国内では最大級のものとして東京で開催されているアートフェアである。しかし、世界的なアートフェアのレヴェルでみると、保守的であるという印象を持つ。アートフェアという形式の中で、日本特有のものができるとしたらなんだろうか、他のフェアにはないものはなにか。そういった問いの中で運営側によって考え出された方法が、古美術と現代アートの二つのエリアを作ることであった。しかし日本では現代アート作品が古美術に比べて売れないので、古美術エリアが広い面積を占めていて、現代アートは肩身が狭い思いをするという状況が続いている。ここでも、WAITINGROOMとしては難しいタイプの作品を売ることにチャレンジしたいと考えていた。難しいタイプというのは、インスタレーションや映像作品など、前進的なものである。現代アートの中でも、ある意味で保守的な作風のものに人気が集まるという状況もあった。グッゲンハイム美術館での「もの派」や「具体」の展示が、そのタイプの作品の人気を高めたというのも理由の一つである。これは世界的な評価だったので、作品の値段が高騰した。特にアートフェア東京のような状況ではこういった作品が高単価でよく売れるため、「もの派」の作品を出店しているギャラリーも非常に多くあった。

 

 その状況の中で、芦川のギャラリーにおける飯山の作品の発表は、保守派から驚かれた。自分のギャラリーでやる個展ならいいが、見本市でああいう作品は出さないだろうという意味である。しかし、芦川の視点から見ると、敢えて飯山の「ソロ」で挑戦したことにより、他に同じようなことをやっているところが皆無だったので、WAITINGROOMのブースは非常に目立った。誰もやらないだろうということをやったことが、功を奏したのである。

 

 飯山自身は、アートフェアは行ったことすらない、想像がつかないものであった。芦川のアイディアで、ある意味で自分の今までの作品を見渡すことができるような構成にした。編み物、映像、スクラップ・ブックからのオブジェなど、いままでつくってきた違った媒体の作品を同じ場所でみせたい。加えて、個展形式のブースなので、新作も展示したいと考えた。そのため、過去作を一つの壁に、もう一つを新作の壁とした。新作で取り上げたホームレスの作品は、アートフェアに来るような客層とホームレスという存在は、貨幣に対する価値観がまったくちがうようでいて、実はかなり近いということを表現した確信犯的な作品であった。ホームレスが集めているゴミ同然のものを買いたいという人と、アート作品を買いに来ている人、ある意味で同じである。バラックに飾られているゴミ同然のオブジェと、価値の定まらない将来的にはゴミかもしれない現代アートとは、同じようなものだという考えを、それぞれを並列して見せることによって表現したのである。宮下公園のホームレスのことは以前より知っていたが、アートフェア東京に出店することになってから思い出してインタビューした、と飯山。それを「すごく賢い」と思うと芦川は言う。

 

おわりに


 

 以上は、精神疾患の家族を主題にした作品を制作した飯山由貴という芸術家が人々に知られるようになった過程を、最初にコマーシャルギャラリーという環境で紹介したギャラリーオーナーである芦川の視点を軸にして眺めてみたものである。そこにあったのは、芦川の生い立ちとNYでの経験、その経験を日本と東京に持ち帰り何か新しい視点を提案したいという志向であり、その芦川との協働で行った飯山の作品の制作と発表であった。これは一つの側面であり、その他にも数々の複雑な要因があることだろう。飯山自身の志向や、他の展示場での経験なども、飯山の作品の形成についての重要なヒントになるだろうが、それらに触れるのは、別の機会にしたい。

 

 

 

 

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