忘れられた神経症 /佐藤 雅浩(埼玉大学大学院)

  「外傷性神経症」という言葉をご存じの読者はどれほどいらっしゃるでしょうか。この言葉は、19世紀末から20世紀の半ばにかけて、事故や災害に遭遇した人々にみられる特有の心身不調を表す言葉として、国内外の医学者たちに使われていた医学用語です。しかし日本国内に限ってみれば、この言葉を知っている人々の数は、現在はもちろん、当時においても、あまり多くはなかったと考えられます。なぜなら、当時の一般人が読むような書籍、雑誌、新聞などには、この言葉を使った文章がほとんど掲載されていないからです。この言葉は、事故や災害と、精神的不調の関係に関心を寄せる、一部の医学者だけが知っている「学術用語」であったということができるでしょう。

 

 では、「トラウマ」や「PTSD」という言葉はどうでしょうか。これらの言葉は、現代社会に生きる人々のうち、かなり多くの人が耳にしたことがある(あるいはその意味を知っている)言葉だと思われます。たとえば2004年の「外来語定着度調査」によれば、「トラウマ」という言葉を知っている人の割合(認知率)は、日本人全体で80%に上ります。そして、これらの言葉もまた、事故や災害、犯罪、戦争等に巻き込まれた人々が被る「精神的な傷」という意味で使われています。つまり、約一世紀前の社会で医学者たちが使っていた「外傷性神経症」という言葉と、現代の私たちが知っている「トラウマ」や「PTSD」という言葉には、類似した意味が込められているのです。

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阪神淡路大震災の被災状況(写真提供:神戸市)

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 では、なぜ「トラウマ」や「PTSD」という言葉は専門外の人々にも知られる日常語となり、「外傷性神経症」はそうならなかったのでしょうか? 私が医学史や「精神疾患の流行」というテーマに関心を抱くきっかけとなったのは、1990年代後半の日本社会において、それまで聞きなれなかった「トラウマ」や「PTSD」という言葉が、急速にマスメディアを通じて広まったことに、強い印象を受けたことがきっかけでした。これらの言葉は、当初、現実の出来事(阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件、児童虐待等)を語る文脈の中で社会に広まりましたが、その後は小説や映画、テレビドラマなどの中でも頻繁に取り上げられ、この時代を象徴する流行語と化した感がありました。それまで人々があまり気にしてこなかった(ようにみえる)、「突発的な被害 → 精神的な受傷」という精神医学的な説明が、急速に、また違和感なく人々に受け入れられていく現象、そこに当時の社会を特徴づける「時代の空気」のようなものがあるような気がしたのです。

 

 その後、精神疾患の流行や、精神医学的概念の大衆化という現象を歴史的に検証していく中で、実は過去の社会にも、似たような概念(外傷性神経症)が存在したことに気がつきました。しかし「外傷性神経症」概念は大衆化せず、「トラウマ」や「PTSD」概念は大衆化しました。この違いは何に起因するのでしょうか?この疑問は現在でも完全に解き明かされたわけではありませんが、一定の説明を試みた文章が、拙著(『精神疾患言説の歴史社会学』新曜社、2013年)に収録されています。関心のある方は、お読みいただければ幸いです。また現代の社会と過去の社会の比較という点でいえば、現在日本でも問題となっている「うつ病」の問題があります。しかしこの病も、医療人類学者の北中淳子氏が早くから指摘してこられたように、日本では20世紀前半に流行した「神経衰弱」という病と、症状の面では重なる点が多くあります。では、現代の「うつ病」は、約一世紀前の「神経衰弱」が名前を変えて広まっただけなのでしょうか。それとも、各時代の流行病には、それぞれ固有の流行した理由があるのでしょうか?異なる時空間における事例を比較しつつ、こうした問題を考察することで、現代社会における精神疾患の流行という問題を、より的確に理解できるようにすることが、私の現在の研究目標です。

 

 

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