精神疾患とアート その2 中村史子さんのインタビュー<前編>

鈴木 晃仁 (慶應義塾大学)

 飯山由貴さんは、2014年に開催されたWAITINGROOMでの展示に続き、2015年には名古屋市にある愛知県美術館で展示を行った。名古屋の展示を企画したのは学芸員の中村史子さんである。中村さんは、WAITINGROOMのギャラリーで飯山さんの作品に出合い、2015年の夏から秋にかけて飯山さんの作品の展示を行った。中村さんがどのように美術を学び、それまでどのような展示をして、何を考えて飯山さんの作品を展示したのか、2回のインタビューを記事にまとめました。
***********************
飯山 由貴「Temporary home, Final home」

2015年8月7日―2015年10月4日

愛知県美術館

***********************

 

中村 史子さん

Fumiko Nakamura

 

愛知県美術館 学芸員

(撮影:澤田華)

中村 史子さん インタビュー (合計2回)


第1回 2015.10.07. 午後15時から17時まで、名古屋・愛知県美術館の会議室にて

第2回 2015.10.16. 午後13時から17時まで、名古屋・愛知県美術館の会議室にて

 

聞き手 鈴木 晃仁

答え手 中村 史子さん、飯山 由貴さん(第1回のみ)

 

 

■生い立ちと学業


 

 中村史子さん(以下敬称略)は名古屋に生まれ、ご両親は教職についていた。美術は好きな科目であったが、自分で実際に作品を作るというより、「ものをつくる現場が好き」という興味があり、アーティストと一緒に仕事をして理解したいという志向が強かった。京都大学に入学し、美学・美術史学を専攻したが、歴史研究や哲学的な思考実験が、現在の自分といかにつながるのかが当時はうまく理解できなかった。それよりも、表現と社会の関わりや同時代のアーティストの仕事に興味があった。大学の先生たちの勧めや紹介によって、他大学の授業を受けたり、美術館にインターンに行くなどして、興味が向かう方向の勉学と経験を持つことができた。

 

 

■大学院での経験


 

 京大の大学院に入って、大学の授業にも出て、そこで写真や視覚文化の研究、作品の社会的・政治的な背景の理解の仕方、ポストモダニズム以降の思想と美学・美術史の関係などを学ぶ。特に「ヴァナキュラー写真」(vernacular photograph)と呼ばれるジャンルに興味を持った。これは、表現として広く公開されることを意図していない素人写真のようなものを指す。その中で、フランスの現代美術家であるクリスチャン・ボルタンスキー(Christian Boltanski, 1944-) の作品に特に興味を持つ。修士論文では「アーカイヴァル・フォトグラフ」(archival photograph)を用いた表現を取り上げた。複数の写真の集積体であるアーカイヴァル・フォトグラフを用いた芸術作品が1960年代後半から70年代にかけて数多く表れた。その代表的なアーティストの中には、ボルタンスキーほか、ドイツのベッヒャー夫妻(Bernd Becher, 1931-2007, Hilla Becher, 1934-2015)が含まれる。彼らが過去を想起させる写真を取り上げた背景には、第二次世界大戦という悲惨な過去の記録と忘却の問題があったと中村は述べる。さらに、大学院時代にフランスのストラスブールに留学し、フランスとドイツの間で政治的に翻弄されたこの地域で生活した。第二次世界大戦の痕跡を感じながら、モニュメントの社会的な意味や、不特定多数の人々の顔写真を用いるボルタンスキーの表現について考えることとなった。

 大学院の時期に、特に印象に残ったのが、2006年頃に越後妻有(えちごつまり)・大地の芸術祭のボルタンスキーの作品制作にボランティアとして関わったことであった。ボルタンスキーに強い興味を持っていた中村はこれに参加したが、そこで見たものは、泥臭く悪戦苦闘する制作現場や、厳しい運営体制、経済面での諸調整であった。これら非常にシヴィアでプラクティカルな現実があって初めて、アーティストの抽象的な思考に形が与えられるのだと、ポジティヴなショックを受けたという。

 

 

■愛知県美術館での仕事


 

 中村は大学院博士課程進学後、愛知県美術館の現代美術の学芸員のポストを得て、その地でいくつかの展示に関わる。その中で、2008年から2009年にかけて行われた「アヴァンギャルド・チャイナ」展(国立新美術館、国立国際美術館、愛知県美術館を巡回)、2009年の「放課後のはらっぱ -櫃田伸也とその教え子たち-」展、2012年の「魔術 / 美術 幻視の技術と内なる異界」展が言及された。これらの展覧会の企画などを通じて、中村の関心は、表現と社会との繋がり、作品未満の表現への眼差し、現代と歴史との接続へと展開されていった。
 「アヴァンギャルド・チャイナ」においては、1980年代以降の現代中国のアーティストが紹介された。彼らの作品には表現を通じて国の民主化を訴える側面があり、天安門事件をはじめとする政治的な動きとも連動している。直接言及するにせよ、あえて距離をとるにせよ、作家活動と政治活動の間に緊張感がある。中村は社会に対する彼らのタフな姿勢に、あらためて衝撃を受けたと語る。
 2009年の「放課後の原っぱ─櫃田伸也とその教え子たち」は、愛知県立芸術大学で教鞭を取った櫃田伸也(ひつだ・のぶや、1941-)と彼に学んだアーティストを取り上げ、彼らの学生時代の作品も含めて展示したものである。その中には、現在は国際的に高い評価を得ているアーティストもいるが、櫃田と彼らが交流した愛知県の長久手というローカルな土地に彼らの作品を呼び戻すような展覧会となった。現在の作品の基盤にあるのは、まだ何者にもなりえない頃の表現とその頃に出会った人々であり、その尊さが浮かび上がればと考えていたと言う。
 2012年の「魔術 / 美術」の展示は、愛知、三重、岐阜の東海三県立美術館の収蔵作品から、一般的な日常生活とは異なる「魔術的」な思考回路や主題に関するものを選び、古今東西の作品を並列的に展示したものである。紀元前の考古遺物と江戸時代の掛け軸、近代絵画、そして現代アーティストの作品を並べて、過去から現代に連なる表現者たちの思考や眼差しを辿ろうと試みた。これは、大学で学び始めたときに歴史的なアプローチを選択せずに現代美術の現場に向かった中村としては異色の試みであるように鈴木は感じた。そこで、その点を質問したところ、美術館で働いた経験が大きいとの答えを得た。最新の動向を見せる展覧会はカッティングエッジ的な面白みはあるが、表現物に対する瞬間的な反応ばかりが重視される傾向も持つ。一方、美術館は時間をかけて作品を収集、保存し、一つの作品を長期的な視野の中で眺めることを可能とする。こうした美術館という場で働くうちに、長い時間軸の中で作品を捉える姿勢や、異なる時代背景と私たちの生きる現在との接続を、強く意識するようになったと言う。

 

si1_02

「魔術 / 美術」展 会場写真 愛知県美術館、2012年 (撮影:林育正)

<画像をクリックで拡大>

 

 

>>インタビュー<後編>はこちら。

 

このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です