精神疾患とアート その2 中村史子さんのインタビュー<後編>

聞き手 /鈴木 晃仁 (慶應義塾大学)

 

 

■飯山由貴との出会い


 

 2014年の秋に東京のギャラリー WAITINGROOMにいった。東京にはたびたび仕事や調査で行くし、そこで訪問するギャラリーは自分でピックアップしている。WAITINGROOM は、気鋭の新しいギャラリーとして注目していた。そこで飯山の作品を観た。飯山の作品をこれまで直接みたことはなく、また、一見して、これまで見たことがないタイプの作品だと思った。精神病や狂気と関係する作品は多く、偏見を含め美術と狂気は親和性があると思われている。しかし、精神疾患に悩む家族という私的な関係性に基づきながら、精神疾患の歴史ひいては近代社会のありようへと広げ、これら複数のレイヤーから取り扱う飯山の仕事は、中村にとって新鮮であった。

 

 

■これまでの狂気と芸術の関係との異なり


 

 中村いわく、飯山の作品の新鮮さは、狂気と芸術の位置づけ、特に日常生活との関係の位置づけにある。美術言説の中で、狂気と天才という主題はある種の紋切型として流布している。常識に縛られるのではなく、はみ出してこその芸術的な創造である、という具合だ。しかし、これら一方的に狂気と紙一重の天才性に羨望する姿勢と飯山の作品には大きな違いがあると中村は考える。飯山の作品は、日常生活に立脚しており、妹さんや家族の生活といったプライヴェートな体験から生み出されている。しかし、そうでありながら、実体験をそのまま感情的に吐露するのではなく、状況から一歩ひいた視線が感じられる。そして、自分自身の想いを容易には表現することの出来ない妹と丁寧に向き合いつつ、彼女の在り様を近代の精神疾患患者の社会的位置づけや、彼らの残してきた記録と複層的に結びつける。例えば、患者の妄想を記した診療録を病院側による治療の記録としてのみならず、患者による一種の表現と見なせないか、という視点の導入や、近世の妖怪譚と現代の精神疾患の妄想をワークショップで比較考察させる試みに、それは現れる。この飯山の態度は、従来の美術史における狂気をめぐる語りを柔らかく退け、さらに、アウトサイダー・アートやアールブリュットの安易な興隆とも距離を保つものだ。

 

 

■名古屋での展示


 

飯山由貴「 Temporary home, Final home 」展 会場写真 愛知県美術館、2015年(撮影:林育正)

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 飯山は、愛知県美術館で行われる作家の小企画展示「APMoA Project, ARCH」に選出された。アーティストと学芸員の関係もその展示内容も、ケースバイケースということで、個々の場合により違う。WAITINGROOMでの展示は、ギャラリーが物理的に狭い分、親密さを感じさせるものであった。それに対して、愛知県美術館では、柵状のもの、家状のものを展示の中に組み込み、それを作品の一部とするような方針で進めた。作品を順番に一つ一つ個別に見せる方法もある。しかし、それでは彼女の作品が持っているレイヤーの複層性が失われるので、作品が相互に干渉しながら一つの空間を作り上げるようにした。
 そもそも、美術では、プライヴェートな個人史と大きな歴史、そして社会の在り様を一つ一つ切り離して考察するのでなく、一度に咀嚼出来る点が面白い。一つの空間内に様々なレイヤーの作品が混在し、音や光がお互いに影響を与え合う飯山の展示方法は、まさにこの点を具現化したものだと考えている。

 

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飯山由貴「 Temporary home, Final home 」展 会場写真 愛知県美術館、2015年(撮影:林育正)

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■飯山作品の位置づけ


 

 ゴッホのように精神疾患を患った人や、一部のアウトサイダー・アーティストは、その悲劇性を含めて、作品が鑑賞の対象とされがちな傾向がある。こうした態度は時に、疾患を一種の他人事とみなしたうえで成り立っている。そのため、アウトサイダー・アートの作品を扱っていたとしても、作家に対するエンパワメントとして評価するのと、作家を他者とみなして評価するのとでは全く異なる。作品の評価は複数あるべきであるが、どんな基準に対しても注意深く検討していきたい、と中村は述べる。
 飯山由貴の作品は、病院や精神病院で展示できるのだろうか?という私の問いに対し、中村はこのように答えた。先に述べたように、作品の評価軸は複数ある。そのため、美術館や美術の専門家が評価したものが一元的に優れているわけではないし、どこでも受けいれられるわけではない。その事実を無視した価値観の押し付けは醜いものであり、作品自体もかわいそうだ。あくまでケースバイケースであり、病院から要望があれば展示されるかもしれないが、それは現時点では判断できない。

 

 

おわりに


 

 この記事の「その1」では、東京のギャラリーWAITINGROOMのオーナーである芦川朋子が飯山と出会ってその作品を世に知らしめる過程を概観した。「その2」は、愛知県美術館の学芸員の中村史子が、芦川が企画した展覧会を通じて飯山の作品を知り、愛知県美術館で新たな形で飯山の作品を展示した様子を概観したものである。中村の姿勢と芦川の姿勢には、異なった点と共通点がある。芦川がニューヨークで学んだ手法を果敢に用いて、アートの売り方や広げ方の革新を求めているとすれば、中村は大学や美術館といった公的な学術的環境の中で革新を求めてきた。そして、共通点が、どちらも飯山由貴の作品に惹かれたこと、それも、意外感とともに惹かれたことである。芦川の「これはなんなんだ」という驚きの言葉、中村の「見たことがないタイプの作品」というある意味で学術的な言葉、どちらも、飯山の作品のある特徴に惹かれたことを指している。その飯山の作品の魅力というのは、何だろうか。

 

 

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